齟齬

社会とマイノリティの「齟齬」を描く御厨鉄のブログです。

景観の醜い日本にガイジンもびっくり。

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適当に世田谷区の路地裏をストリートビューした結果。百点満点のThis is JAPANだ。

 

QuaraのMartin basingerが大好きで、また翻訳した。

 

この人は日本に幻想をもったアホなアニメオタクではなく、ちゃんとした眼差しを持っている。

 

こういう人にバシバシ日本にきていただいて、

日本のダメなところを指摘して欲しいものである。

 

What were your impressions of visiting Japan? - Quoraより。

 

日本にきたときの印象は?

 

ヨーロッパの経済的に安定な国からきたときは、似たような平均的な生活水準を期待していた。もしそうでなくても、日本はモダンでハイテクな社会で、自然を愛し、高い美的感覚を持っていると思っていた。

 

それで日本へきた。はじめは旅行者として。それは現実への直面だった。

 

はじめて日本にきたとき、関西空港から新大阪駅へ向かった。海の上に建設されたモダンな関空から列車が発車した。これは一時間にも満たなかったと思う。

 

電車が橋を渡って本土へ着き、大阪の郊外にまわったとき、私は冷静に現実を見るようになった。というのも、電車の外は私の予想とは違っていたからだ。私の予想とは何もかも違った。カオスな醜い地獄絵図と、荒廃したコンクリートビル、ダンボールやトタン板で穴を覆ったような数十年前のレベルの安っぽい建物。窓は何年も拭いていないように見えた。だれも(ちっぽけな)庭の手入れをしておらず、ゴミ捨て場のように使われていて、消費主義の時代の遺物のようだった。電線のヒドラが家々を走り、すべての景観を絶望的にしていた。

 

何も新しいものはない、何も美しいものはない。ただただ汚く、陰鬱で、醜く、混沌としていた。私は最初こう考えたことを思い出す。「待てよ、間違えてアジアの第三世界に着陸したんじゃないか? これが金持ちでハイテクな日本なのか?」

 

でもそうじゃない、チケットには「関西空港」と書かれている。私は日本にいたのだ。

 

「これはたぶん、単に貧しい、スラム街のような郊外で、日本の景観の平均ではないんだろう」私は冷静になろうとした。だが後に誤りが証明されただけだった。ほとんどの日本人はそういう街に住んでいたのだった。

 

私が大阪に着いてホテルに入ったとき、いくらか安堵した。私の想像通りの日本だった。カオスで醜いコンクリートだらけだが、少なくともトタン板やダンボールはなかった。あとになって、日本のほとんどを旅したとき、私の最初の日本の印象、大阪の郊外を電車で走ったときの印象が日本の実像であるということを知った。すてきな大阪や東京といった都市は表面だけで、センスよりも金があったときに建てられたのだと。平均的な日本人にお金がトリクルダウンする前に経済的な奇跡が終わったのだ。経済的な奇跡が起きている間の金はどこへ行ったんだ?

 

私が10日後戻ったとき、スイスエアラインズを使ったのでチューリッヒにストップオーバーした。私は空港を歩き回ったときの印象が忘れられない。すべてが素敵で、綺麗で、秩序だっていて、よくデザインされていた。薄汚いベージュのプラスチック板の代わりに、壁はガラスや鉄骨で造られていた。照明のコンセプトは人びとのニーズに沿って設計されていた――蛍光灯を詰め込み、可能なかぎり明るくするのではなく。人びとは笑い、互いにおしゃべりして、リラックスしているように見えた。

 

私は再び第一世界にきた。そして第一世界と第三世界の違いは、単に富や技術の差ではないということを理解した。

 

 

日本はほんとうにきたない国になったと思う。

都市景観と住宅のレベルはたしかに第三国レベル。

 

「自然豊か」ではない。

山も海もコンクリで覆われているし、森は杉植林によって自然体系が破壊されている。

 

都市の景観はいまだに電柱送電でひどい有様(電柱利権だろう)。

住宅は好き勝手に建てられるため住宅街も落ち着きがない。

 

 

景観をなんとかしない限り、「がっかり観光地」と見なされるのは避けられないと私は思う。