齟齬

社会とマイノリティの「齟齬」を描く御厨鉄のブログです。

日本はヤクザ国家かもしれない

ヤクザについての文献調査はとりあえず終えた。

 

 

ひととおり確認した上での結論は、

 

ヤクザは上層階級である」ということ。

 

ヤクザは決して「社会の暗部」とか「地下組織」ではない。

 

日本の庶民を堂々と支配し、民衆から公然と搾取する階級だということ。

 

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本職の方にも大人気だったヤクザ映画

 

米国人ジャーナリストによる「ヤクザが消滅しない理由」には、以下のように書かれている。

ギャングは多くの実業家たちと違って、手ごろなもうけでは満足せず、建設的方法でカネを地域に還元することもほとんどしない。返礼を要求する根拠が何もないのに、法外な返礼をほしがる。
ウォール・ストリート・ジャーナル』のジョナサン・ウィットニーが書いているように、彼らは、「王侯のような暮らしをしているが、社会に対する貢献と言えば、一生懸命働く市民に寄生し、富を盗み取る新しい方法を見つけ出すだけの人びとの集まり」なのだ。

 

だけど、「一生懸命働く市民に寄生し、富を盗み取る新しい方法を見つけ出すだけの人びと」ってヤクザに限った話ではないよね?

 

官僚・政治家・マスコミ・財界……みな働きものの市民の寄生者なわけだ。

 

ヤクザは数ある寄生者のひとつに過ぎない。

 

 

 

此の世の中、少数の搾取者と、大多数の被搾取者でできているらしい。

 

この構図は、日本特有のものだろうか。

 

アメリカでは財界による搾取が著しいが、マスコミが搾取、マフィアが公認の上流階級、といった提議には疑問を抱くだろう。

 

日本では、政官財・マスコミ・ヤクザが奇妙に癒着している。 まるでそれら支配者層がひとつの有機体、古い表現では「日本株式会社」であるかのごとくである。このような例は他の先進国ではみられないはずである。

 

ある意味で、ヤクザが公権力に近づいているのではなく、公権力がヤクザ化しているのではないか、と私は訝しむ。

 

知恵袋の「ヤクザ暴力団って会社?なんのためにいるの?」という質問に、以下の回答があった。

 

日本の社会は「ゆすり・たかり」で成り立っています。
それを支えるものは「脅し」です。

ですから、暴力団的体質は、日本のどの組織にも不可欠な要素としてあるのです。

学校も、お寺も、医者も、警察も、検察も、銀行も、土建屋も、不動産屋も、介護業者も、役所も、政治家も、裁判所も、・・・・
すべて、ヤクザといえばヤクザです。

 

いやあ、あっぱれ!

 

ここまでの認識には、私は達していなかった。

かように、ひとつの社会に対する見識は、人様々なのである。

 

 

柔弱なお人好し国民と、それを狡猾に支配し搾取する支配層という構図が、日本という国らしい。

 

ヤクザについて調べると、明治維新以降の日本はろくでもないな、という

昔から抱いていた価値観にいきついてしまう。

 

日本という国は明治維新でダメになったのだろうか……ということを考えてしまう。

藤原と物部の争いに分水嶺を求める人もいるが。

 

いずれにせよ、これほどうまく飼いならされた国民もいないだろう、と私は思う。

他国の支配者層は羨むことだろう。