齟齬 ―おっさんと社会の

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元後藤組組長の本を読んで

男はヤクザと戦争に目がない

 

と思うのだがいかがだろうか。

 

ヤクザの生き様はかっこいい――

 

そう、後藤組元組長後藤忠政の本を読んで思った……。

 

 

 

ブックオフで立ち読み、最後まで読んでしまった。

 

 

編集の力だろう。

よくできた本だった。

 

 

刑事ドラマの刑事はフィクションである……。

なんてことは、良い年した大人ならわかること。

 

もっと言えば、ノンフィクションっぽく見せている警察24時もフィクションである。

あれを警察と思ってはいけない。

 

ヤクザもの(任侠もの)も同様、大半はフィクションである。

 

アウトレイジ」なんてひどかった。

必要以上の残虐描写。

「ヤクザはそこまで暴力的ではないだろ」と私は感じた。

 

必要があるからヤクザが存在する。

 

一般的に、国家の権力構造は司法、内閣、国会の三権分立……それにマスコミが加わることがある。

日本の場合は、「ヤクザ」がそれに並ぶ重要な役割を果たしたことは事実である。

実のところ、日本の近現代史は、ヤクザを知らなければ読み解けない。

 

日本のヤクザは、向社会的であるという特徴がある。

ちょっと違和感があるかもしれないが、人が普通思うよりヤクザは反社会的ではないのである。

 

国会議員と手を組み、官僚と手を組み、大企業と手を組んできたのがヤクザ。

 

この点は、メキシコの麻薬カルテルなどと大きな違いがある。

 

外国人は、所在地も組織構造も割れているヤクザの組織をなぜ警察が壊滅しないのかが大いに疑問であるらしい。

彼らは、ヤクザがいかに国家権力の中枢に深く食い込んでいるかを知らないのである。

 

山口組トヨタより利益をあげていると言われる(実際のところはわからないが)。

 

だから日本は後進的だ、などと言うつもりはない。日本の国家構造は極めて特殊であり、したがって興味深いのである。

 

 

私は多くの男性と同じように、ヤクザの生き様にあこがれを感じる。

しかし私はそのような生き様と正反対を生きている。

 

私の育った中学や高校には、ヤンキーがたくさんいた。 

私にとって、彼らは実に尊敬に値する存在だった。

彼らに比べれば、私はあまりに臆病で、柔弱だった。

 

そのようなことを思い出す。彼らがいま、なにをしているのかはわからない。

 

後藤によれば、現代はおおらかだった時代と違い、ヤクザは対暴法などでがんじがらめになっているという。

私は、果敢さ、力強さが価値をもった時代になんとなくあこがれを抱くのである。

 

歌舞伎町で、夕立ちの雨宿りで横に並んだヤクザは、ただ者ならぬ雰囲気を出しながらも私に親切だったことを思い出す。

 

ヤクザはかっこいいし、かっこよくあってほしい、と私は思う。 

 

ヤクザは暴力的である。殺し合いの世界に生きている。だからこそ、仁義を守ってほしい。私はこのように思う。