齟齬 ―おっさんと社会の

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30歳ともなればおっさんだろう

私はもう少しで29歳になる。

 

いよいよ30歳が目前になるわけだ。

 

 

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(近所の公園で撮った)

 

 

30歳はおっさんである

 

と私は思っている。

 

 

それを大学の友人などにいうと、「まだ若者でしょ」「お兄さんだろ」などと反論される。

 

 

あのな。

 

おっさんだろ!

 

 

私はもう、自分がおっさんである気がしてならない。

 

肉体のピークはとうに過ぎている。
表情から覇気がなくなったし、腹に肉がついた。

 

繊細な感覚がなくなって、
年寄りじみた下品さや無感覚さが身についた気がする。

 

人生とはこういうものだ……ということがだいたいわかったし、
十分生きた、死んでも悔いはないな、という気になる。

 

とくに私はニートであるから、本を読んで、犬の散歩をして、それで一日おしまいということもある。

晩年の生活なのである。人生の秋である。

 

 

 

生物学的には、30歳という数字は、「おじいちゃん」なのではないか。

 

15歳で子供をつくる。子どもが15歳になり、孫が生まれる。すると、おじいちゃんだ。場合によってはもう少し早いかもしれない。原始共同体においては、30歳は老人といわないまでも、中年くらいの扱いではないか。

 

会社組織にいるひとは、50歳や60歳の会社員と一緒にはたらくから、自分が若いと感じるのだろう。

 

さらにその50歳、60歳のひとたちも、高齢化の進む日本では「若者」だと感じているかもしれない。現に超高齢化のすすむ農村では、そのようになっている。


30歳が「若者」のように表現されることもあるが、信じられない。

 

 

若者とは、大学生くらいを言うのである。

 30歳が若者だとしたら、大学生から何も進歩していないのである。

 

私は、10年前に大学生のときを未熟だったと思うし、

いまの自分の方が10倍くらい賢いと思う。

 

しかし今後の10年で、いまより賢くなれるかはわからない。

せいぜいがんばったところで、今の1.5倍くらいだろう。

 

今後の私の肉体は、老いさらばえる一方である。 

だから私は、自分のことを老人のように感じるのかもしれない。

 

 

ところで「本物の」老人は、死が近づいている。

70年生きたあとに、あと10年、20年生きられるかどうかである。

 

私はといえば、もしかしたらあと30年生きるし、さらに30年生きるかもしれない。

恐ろしく長い! 信じられないほど長い!

と恐ろしく思う。

 

 

生きるということは過酷だな~

 

と考える次第である。

 

そういえば、高校のときの友人(ヤンキー)は 

「俺30歳になったら死ぬわ!」

 と言っていたが

彼は元気だろうか……。