サイコパスとは、資本主義社会の勝利者である。

サイコパスとは、資本主義社会の勝利者である。

 

彼らほど死ぬまでにたくさん笑う人々はいない。

 

サイコパスは喜悦の笑みを満面に浮かべる。

 

「なんてこった!この世はまるで俺のためにあるようなものじゃないか!」

 

 

そのとおり。

 

ただ、歴史の話をしておこう。

 

 

かつて、サイコパスは欠陥品だった。

 

古きよき国家においては、サイコパスは悪魔として斬り殺され、

 

奴隷として使役され、生贄の儀式に捧げられた。

 

いずれにせよ、サイコパスの存在は「何かの間違い」であり、

 

彼らが傲慢にも他者を「奴隷化」しようとする限り、

 

彼らは奴隷化されるに値した。

 

 

現代では変化が起こった。

 

古きよき奴隷制は変わってしまった。

 

 

いまでは奴隷が主人を支配している。

 

もっとも心なきものが、心あるものを支配する。

 

これが現代の社会制度である。

 

 

これにはアリストテレスもびっくりだ。

 

 

 

「俺はたしかに奴隷制を肯定したけど、

 

こんな逆立ちした社会は想定していない!」

 

彼に同情しよう。

 

 

サイコパスはこの世の勝利者となった。

 

痛みを知る人間は、資本主義社会の落伍者となった。

 

鋭敏な神経を持つ高貴な彼らは、

 

逆立ちした世界の重力に嘔吐を催し、

 

鬱病神経症となって牢獄に入れられた。

 

 

統合失調症のある者はこう叫んだ。

 

「俺は監視されている。俺の意識が侵犯されている。四六時中だ!」

 

またこうも叫んだ。

 

「俺は王だ!10人の妻と、100人の召使と、10万人の臣民は何処へ?」

 

彼に同情しよう。生まれた時代が悪かったのだから。

 

 

資本主義はサイコパスである。

 

奴隷が主人を支配する社会である。

 

心なき者が、心ある者を支配する。