吾輩is a neet.

おっさんは今ニートなのだが、何だかんだいってどうにかなると思っている。

 

おっさんが今していることは、哲学書を読んだり、物を書いたり、猫に餌をやったりバイクでウィリーの練習をしたり、ということだ。

 

ウィリーや餌やりが一円にもならないことは知ってるけど(だからこそ楽しいのだ)、哲学の修養、執筆という行為は生産的であるという気がしている。

 

私がしたい試みは、生産手段の内面化である。資本家は工場や会社をもっているから労働者を使役できるわけでしょう。私は、雇用、被雇用の関係にうんざりしているのだよ。だから自分の頭脳一本で食っていけるように、知識の修養をしているわけ。

 

うーん、食っていくためと書くとなんだか下賤だ。

 

もっと重要なことのためにニートになった。自分のためだけに人生を費やしたいのだった。私は別にエゴイストではないし、自分が一人だけで生きていけるとは思っていない。しかし資本家のために働くというのは、気分が悪い。私が尊敬する人、恩義を感じる人のためなら働くことはできるが、たまたま金持ちとして生まれて、支配階級として育った人間のもとでは働きたくない。

 

自分の銭をわけてやりたがる者は見当たらないが、生活となるとだれもかれもが、なんと多くの人びとに分け与えていることか。

セネカは2000年以上前に書いた。

 

まあね、自分本位に生きようと思えば生きられるんですよ。なんたって日本は、自然が豊かだからね。米と野菜つくれば生きていけるやんけ。実家が農地もってると、将来の不安がないわい。