ビジネス書は不愉快だ

おっさんは大学三年くらいのときにブックオフでビジネス書を買った。そのとき感じたことは、「こんなもん俺でも書けるわ!」ということだった。中身がなく薄っぺらでどこかで聞いたような話の詰め合わせだったからだ。

なのでおっさんは文章家になろうとしたのであった。そう、当初はビジネス書を書こうと思っていたのである。……しかし現実は厳しかった。

ビジネス書はクソつまらないのである。書いててもなんだか吐き気がしてくる。この感覚は、エロサイトを運営しようとしていたときの自己疎外感とよく似ていた。

ビジネス書の本質は「消費」であって、「読んだ」という事実が何よりも大切だ。コーラを飲んで爽快、ビッグマックを食べて満足、ビジネス書を読んで意識高くなった!というわけだ。

だからマクドナルドやラーメン屋が上等なレストランよりも繁盛するように、書店でもっとも売れるのはビジネス書の類なのだろう。いまや書棚の一等席にあるのがビジネス書だものね。

それは広く大衆にアピールする。大衆とは、朝の8時から17時まで働いて、金を稼ぎ地位を築きたいと思っている、労働者階級のことだ。

こういう層にアピールする書籍は、ラノベよりも中身がなくても許される。時間がないから。「超訳ニーチェの言葉」なんてものがもてはやされる。ニーチェくらい自分で読めよ!通勤電車の中で読めるよ!とおっさんは夕日に向かって叫ぶ。

ビジネス書を読む連中は、食い物にされているのだから、その本性から、根源的に、金持ちにはなれない。ビジネス書はそのことを教えない。お客様を不快にさせたら商売人失格だから。ニーチェは教えてくれるけどね。

あと、ビジネス書を読む人とは友達になりたくない。なんかネット界隈で「一日3冊ビジネス書を読んでいます!」とか言う奴が「速読マスター」「読書家」みたいに自称しているのを見るとほんとバルサンを焚きたい気分になるよ。そりゃビジネス書なら3冊読めるよ。絵本みたいなもんだし。

私は一冊の本を読むのに2週間くらいかかるが、それは「消費」するための本じゃないからだ。私にとって読むことが生きることであるから、それは何か付加的、外的な営みではないのだ(表現がむつかしい)。ゆえに、時間がかかる。時間をかけているのだ。