ニセモノばかり食わされる哀れな日本人

私がこの国にいて「うへえ」と思うのは、

 

ニセモノばかりということである。

 

ニセモノの車(軽自動車)やニセモノの大学(Fランク大学)などあげることはできるのだが、

 

今日は食品の話。

 

 

 

ニセモノ、と言っても

 

カニカマや人工イクラは優れた商品だと思う。

 

 

 

ただ、私が許せないニセモノは……

 

ビール

 

第三のビール」は、麦芽を使っていない。

 

豆ペプチド、大豆タンパク、とうもろこしなどを原料としている。

 

 

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今や半分近くが発泡酒第三のビールなどニセモノビールを飲んでいるということである。

 

国民はそれで良いのだろうか。

 

ちなみに私は、日本ではビールは高くて買えないので、泣く泣く「淡麗」を飲むか、もうウィスキーやワインに移行している。海外に行くと浴びるようにビールを飲んでしまう^^;

 

 

 

ところで、そのワインについてもおかしな商品が出てきた……

 

スーパーなどで売っている やたら安いワイン

 

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【 安過ぎる国産ワイン原料は輸入品 】
なぜ安いのか??
 
原料は 「国産ではない」 から。
そして「濃縮した原料果汁をドラム缶で大量に輸入している」から・・・
 
大手メーカーが作る 国産ワイン。
 
「気軽に飲めるテーブルワイン」とか
「酸化防止剤無添加有機」というワインが
数百円程度で量販店やスーパーで売られているのを見ますが
実は原料となる「ぶどう果汁」は大半が国産ではありません。
  
市販の野菜ジュースなどと同じで コストを抑えるため
そのほとんどが「濃縮還元果汁」を使っています。
  
なぜこうなってしまうのか? これは ややこしいのですが
  
原料の産地が何であれ 国内で製造したワインだから。
(ただし輸入果汁使用の場合 表示は必要)
 
また上手いな・・っと思うのは
  
「各国から選び抜いたぶどう果汁を国内で醸造し 輸入ワインとブレンドする事で 日本人の味覚に合う高品質な味わいをお届けしています。」なんて書き方をしている。
  
そもそも海外のワイン産地では「ワインには水さえも混ぜてはいけない」等 厳しい法律や基準があるけれど 日本にはそれが無い。

 

ようは濃縮還元したぶどうジュースを発酵させたワインもどき……^^

 

飲むとわかりますが 衝撃的なマズさ

 

なにせやたら甘い。そしてほんとうに「アルコールの入ったブドウジュース」そのままの味。

 

こんなものを平気で売る世の中になったのだな。

 

こんなドブ水を「おいしいワイン」と書くサントリー景品表示法違反ではないのか?

消費者庁さん。

 

っていうか、サントリーには誇りもプライドもないのか?おお?(白目)

 

 

で、ワインには当然合うチーズ……

 

このチーズもニセモノばかり^^;

 

 

プロセスチーズとは何か?

 

ナチュラルチーズ』は、“ミルクを凝固して(固めて)、一部の水分を取り除いたもの“、
『プロセスチーズ』は、“ナチュラルチーズを、破砕して(こまかくコナゴナにして)、乳化剤(油と水分を一体化させるための添加物)を加えて、加熱溶融殺菌(熱を加えて溶かすことで殺菌する)し、冷やし固めたもの“
です。

 

この乳化剤というのが厄介で……

 

日本のチーズは薄くてまったく風味がない!

 

チーズ味のなにか」に変貌してしまっている……!

 

いったい本来のナチュラルチーズは重量比で何%残っているのか?

 

と問いたくなる。

 

こんなものをチーズだと思っているのは日本人くらいだと私は思う^^

 

 

私は輸入チーズを食べるまでチーズはクソまずい食べ物だと誤認していた。

 

 

 

 

同様に、バターもひどい。

 

バターロール」など、完全に「マーガリンロール」と化している!

 

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いったい入っているのはバターなのかマーガリンなのか!?

 

マーガリン入りバターロールとは何なのか!

 

「ネオバターロール」のネオは、「新しい」を意味します。

いまでこそ、マーガリン入りのロールパンはよく見かけますが
最初に開発したのは、フジパンです。

「ロールパンにバターをつけて食べます」
そんなお客さまの声にヒントを得て、
マーガリン入りのロールパンを開発。

そんなコロンブスの卵「ネオバターロール」は、
1997年の発売と同時にヒット商品になりました。

 

あああああああああああああああ!

 

この文章おかしいだろ!

なんでバターをマーガリンにすりかえるんだよ!!

 

っていうか1%もバター入ってないのか……  。・゚((T◇T゚)゚・。オロオロ

 

 

その他、日本の糞不味いソーセージなども槍玉に挙げようと思ったが、

 

このあたりでやめておこう。

 

 

 

 

 

正直言って、日本の食品事情は異常と言うほかない。

 

ソイレント・グリーン状態である。

 

 

 

日本人は詐欺師ばかりである。

 

良心がないのである。

 

 

哲学者、山本哲士が言っていたが、

 

日本人はかつては「日本を良くするため」に働いていた。

日本が豊かになると、しだいに「会社のために」働くようになった。

今の日本人は、ただ「自分のために」働いている。

社長でさえも自分の退職金ばかり考えている、と……。

 

分かる気がする。

 

自分だけが勝ち抜けられればそれでいい。

 

日本国民がナゾの合成物ばかり食べていても、知ったこっちゃない。

 

俺が儲けられればそれでよい。

 

仕事ってなんだ……?

そんな気持ちでやるものなの?

生きてて楽しいのか?

 

 

とおっさんは悲しくなった。

 

 

日本人は工業製品の人工物ばかり食べるようになり、

 

いずれホンモノのラーメンも食べられなくなるのではないだろうか。

 

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日本は詐欺国家である

朝起きたらむらむらとムカついてきたので書いておこう。

 

日本は詐欺国家である。

 

どこが詐欺か。例をあげよう。

 

 

◆パチンコはギャンブルではない

警察が公式にこんなことを言うのだから驚く。

「国が言ったらカラスも白い」の典型。

利権がうますぎてやめられないパターン。

だれかつっこんでやれ。

 

自衛隊は軍隊ではない

権力者は憲法違反を行ってよい。

違反が長引けばだれも何も思わなくなるからな。

日本は立憲主義ではなかった。

 

NHK

バカから搾り取るシステム。

 

◆マスメディア

 

事実上の大本営発表

原発事故当時の発言力のなさに世界が呆れ果てた。

報道の自由をやたら求めるが報道の義務は放棄していることで有名。

 

正力松太郎とCIAの関係を日本テレビが報道したら

報道の自由」を認めてやってもいい。

 

◆異常な交通料金

・高速道路・ガソリン・免許・車検費用自動車税→自動車のコストは世界一

 免許取るために30万円。警察利権にはだれも文句が言えない。

・新幹線→異常に高い

もはや国内旅行よりも海外旅行の方が安いレベル。

 

◆わけのわからない道交法

「50km/h制限だけど70km/hで流れている」状況をだれも顧みない。

警察は数kmオーバーだと捕まえないが、

流れに乗った平均的速度で走っても警察の裁量次第でだれでも犯罪者になる状況。

道交法見直せ。

 

◆町内会に入らないとゴミを出せない!

税金払ってるんだから市町村が仕事しろ。

 

◆存在価値のないFラン大学

金儲け主義の大学に認可をぽんぽん出す。

バカから搾り取るシステムpart 2

 

◆この国は民主主義です

げんじつ→世襲制議員による寡頭制

 

◆この国は法治国家です

げんじつ→法律は破ったもん勝ち

   この国でもっとも稼ぐのはトヨタではなく山口組

 

◆この国は自由主義経済です

げんじつ→日本の商業界は談合まみれ。

     商習慣をそのまま持ち出して海外でアホみたいに捕まっている。

     ポテチや自販機のジュースも談合で価格が決まっている。

 

◆この国は詐欺国家である。

以上をまとめるとこの国は詐欺国家である。

 

もっとも、だれもが従順と詐欺に騙されるという点で、

日本人はよく教育された被搾取国民(愚民)といいかえることもできるだろう。

 

 

近代以降の義務教育制、マスメディア体制においては、国民は教育によって作り変えられる

三世代も経てば、まるきりふぬけにすることもできる。

 

日本人は完成された奴隷と言うことができるだろう。

 

あまり北朝鮮を笑えない。

 

 

日本の子どもがうるさいのは演技臭いから

やっぱり感じること。

 

日本の子どもはうるさい!

 

どうしてこんなにうるさいのだろう?

 

ほんと、ひっぱたいてやりたくなる。

 

 

私は海外旅行へ行っても、「子どもがうるさい」と感じたことはほぼない。

 

 

日本で過ごしていると、子どものうるささにびっくりする。

 

 

 

今日コンビニでカップラーメン(カレー)を食べているときに、響いてきた子どもの声。

 

「アハハハハ!」と笑う。演技くさい。しかも、何度も、何度も、

 

「アハハハハ!アハハハハ!アハハハハ!」と繰り返す。

 

正直言って、怖かった。ぞっとした。

 

障害のある子供かと思ったが見た目はそうでもないらしい。

 

親は軽くたしなめる程度。それでいいのか。

 

 

私も日本の子どもは半数程度はぶっ壊れていると思っているので、さほど驚かないが、

 

外国人が見たらビビるのではないか。

 

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私は、子どもが自然に叫び、笑っているなら我慢できる。

 

しかし、日本の子どもはどこか嘘くさいのである。

 

演技がかっている。

 

 

そもそも、自然な状態で子どもは叫んだり、金切り声をあげるものではない。

 

 

というのもどんな国へ行っても、日本のような「うるさい子ども」は存在しないからである。

 

日本より教育なんてずぼらな多産の国でもそうである(むしろそういう国の方が、子どもは静か)。

 

 

 

私はずっと、日本の子どもはしつけがなってないからうるさいのだと思っていた。

 

しかし、「かえって親や教育の影響で奇声をあげる生き物に育てられているのだ」と最近は思っている。

 

この国では、子どもが子どもを演じるように強いられている

 

そして、子どもらしさとはうるさいこと、奇声をあげることなのだ。

 

私は児童の心理をそのように理解した。

 

 

 

そもそも、子ども云々の前にこの国はうるさい国である。

 

音に対するデリカシーがない。

 

鼻汁を延々ずるずると吸い込んだり、人を遠くから叫んで読んだり、

 

街なかのアナウンスが過剰であり、また集合住宅の防音性能も他国と比べて著しく低い。

 

「可能な限り静かにする」というマナーがない国なのである。

 

 

 

なので、我々は静かに暮らそうというのなら外国へ行かなければならないだろう。

 

この国は騒音を出す方に正義があるのである。

 

 

日本人女性はなぜやらせてくれないのか

私に脚を閉じ続けるすべての売女どもに死を!(C. ブコウスキー

 

セックスのことを考えているおじさんである。

 

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性的サービスの潤沢なタイから帰国すると、「日本のセックスの乏しさ」に直面する。

 

タイから帰国、知人友人など一切いない実家に帰って、人肌恋しくなったおじさんは(ああ、キモいな、この表現は……笑)、出会い系に登録してみた。

 

しかしそこに登録されている女性たちは「H目的禁止!」だの「すぐ会おうという人は嫌です」だの……何のための出会い系なのか!と悲しくなった。

 

あのねお嬢さん、出会い系に登録する男の99%はH目的ですよ

と私はくどくど説教したい気持ちになった。

 

恋人を探しているのに、なぜセックスが禁忌なのだろうか?不可解極まりない。

 

現代日本人女性はどうしてこうセックスを嫌うのか?セックスを忌むのか?

……を考えてみると、性の産業化があるのかな~と思った。

 

いわずもがな、日本はオナニー大国であり、その反面セックス最貧国である。自慰の回数や、自慰のメソッドにおいては最先端である一方、セックスの回数も、満足度もほとんど最下位。

 

その原因は、日本人男性の性的消極性(精神的に去勢されている)もあるし、

女性のセックス嫌悪もあると思うんですよ。

 

私は思うのだけど、セックスが市場経済化されているのだ。

セックスは神聖ですよ。人間の根源的な営みですよ。それが「商品化」されている。

 

女性はセックスを有料化しているんです。もはやそれは「互いに楽しむもの」ではなくなった。セックスは何かを得るための道具になった。金銭や地位を得るための。

 

だからスレた娼婦ばかりなんですよ、日本人女性は。

5回食事を奢ってくれたから1セックスとかそういう計算なんですよ。無論男もクソですよ。

セックスを「消費」する存在に成り下がっているから。

 

 

セックスは交換可能な商品となって、対象化されてしまっている。

それを主体的に、没我的に楽しむことができなくなる。

 

そりゃ不感症の女性が増えるわけですよ。男性も自慰に逃げるわけですよ。そんなセックスは楽しくないから。

 

女性はセックスを販売し、男性は与えられたセックスを消費するんです。セックスが第三者化するんです。これが日本の悲劇。

 

セックスにおいて、男女が結びつくことはないんです。

奇形のセックスなんですよ。

男性にとってはオナニーと変わらないし、女性には労働でしかない。

 

セックスレスとはそういう問題なんです。

 

日本人は神経症なんですよ。自然に人と和合することができなくなった。

 

何かの意味付けや価値付けがないとセックスすらままならなくなった。理性が本能を侵している。

 

 

正しいセックスを学べば鬱病神経症も治りますよ。自殺も減って幸福度があがりますよ。

 

 

ももう日本人は戻れないんです。かつてバンバンセックスしていた時代、夜這いだなんだで村内フリーセックスしていた時代には戻れない。

 

近代化の代償なんです。セックスも合目的的にならざるを得ないんです。

 

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おじさんは悲しいですよ。早くタイに帰りたいですよ。

セックスが死んだ国なんてつまらないですよ。

日本の子どもは宇宙一うるさい生き物である。→元気イデオロギー

タイから帰国してビビったこと。

 

子どもがうるさい!

 

帰国して二日目、図書館にいるのだが、子どもがギャンギャン喚いている。

 

私はうるさい子どもが嫌いだ。なんとかすべきだと思う。

 

「子どもがうるさいのは当たり前だ」と言う人がいるだろう。

 

いや、これは明らかに異常な事態だ。

 

なぜって日本以外では、かようにうるさい子どもを見かけたことがないから。

 

しつけのなっていない犬と同レベルか、それ以上にうるさい。

 

人間の声は犬の鳴き声より耳障りである。

 

「ママーーーーー!」だの

歌い出すガキだの

泣き叫ぶ奴暴れだす奴

普通の会話でさえvolがmaxの奴

 

ああうるせえええええええと叫びたくなる。

 

なぜなのか。

 

なぜ日本の子どもはこんなにうるさい生き物なのか! 

 

元気を重要視する社会

 

我々の日本社会では、たとえ元気があろうとなかろうと、元気よくあることを国是とするイキフン(雰囲気)がある。

 

お歌の時間を考えてみよ。

幼稚園児はどのように歌うか。

美しく、楽しく歌うのではない。

 

ギャンギャン喚けば喚くほど、先生が「よくできました」と誉めるようにできている。

 

どのように芸術的な歌唱だろうと、元気がなければ先生は顔をしかめる。「もっと元気よく歌いましょう!」

 

不思議なことに、これは全国共通であるらしい。

このような歌はもはや歌とは言えない。単なる絶叫である。

 

挨拶も同様である。

 

子どもが落ちついた口調で「先生、こんにちは」と言うことは許されない。

 

幼稚園の先生はそういう子どもを気味悪がる。

 

「子どもは元気であって欲しい」と思っているし、

「子どもを元気よくする」のが自分の使命だと考えているのである。

 

子どもは精一杯、声帯がつぶれんばかりの声で「こんにちはー!!!!!!」と叫ばなければいけない。

そうするよう教育される。

 

当然、子どもが悪いのではない。社会システムの異常なのである。

 

子は大人を見て育つ

 

大人社会においても幼稚園と同じようなことが起きている。

 

軍隊は気分が悪くても「気をつけ」をしていなければならない。軍歌を精一杯歌わなくてはならない。調子が乗らなくても敵陣に突撃しなければならない。

 

こういった軍隊的規範は、日本社会全体に広がっている。

 

会社員は体調不良が許されず、つねに元気でなければならない。

 

「風邪を引いたから休みます」は許されない。

 

これは雇用関係としては異常である。軍隊的である。

 

一日12時間働こうと、低賃金だろうと、身体が弱かろうと、仕事がつまらなかろうと、つねに「元気よく」いなければいけない。それが日本の社会人である。

 

一流企業であっても知的エリートよりむしろ愚直な体育会系を好むのはその一例である。

 

日本の企業文化はサムライ文化だ……と言えばかっこいいが、富国強兵政策のような軍国主義の名残だと私は思う。

 

日本の企業文化を江戸時代まで遡ることは難しい。

 

農民は重税にあっては打毀しなどで抵抗し、あるいは山に逃げ込んでサンカ(流浪の民)になり自由を謳歌した。

 

明治政府の国体思想から日本人はおかしくなった……と私は考える。

 

軍国的教育が子どもの絶叫を生む

 

「元気」を国是とする風土が子どもの絶叫を生んでいる。

 

我々はみな、子どもは元気であればよいと思っている。

 

日本のアニメもそういった国家の装置となっている。

 

日本のアニメの登場人物は、とにかく叫ぶ。叫ぶ。

 

うおおおおお、だの、きゃああああだの、叫ぶ。子どもはそれを真似する。

 

(私が言う軍国主義とは、サヨクの言うような「好戦的国家」という意味ではない。国民を軍隊的に統治するシステムのことを指している。つまり個性を潰し、トップダウン型の命令が絶対で、逸脱者や離反者、反逆者を徹底的に許さないという文化である。私はこういったシステムが形成されたのは明治維新以降だと考えている) 

 

元気のない子どもを愛せよ

 

子どもは何も、好きだから叫んでいるのではない。彼らは小さな弱い身体で生き残るために必死なのである。

 

「元気」でなければ見捨てられるかもしれない、という恐怖が彼らを追い込んでいる。

 

元来「教育」の働きとは見捨てられ不安を駆動力とするものである。

 

勉強ができなければ捨てられる、愛嬌がなければ捨てられる。そういう恐怖に偽りの自己を成育させた幼少経験を持つ人は少なくないだろう。

 

友達が少ないことを気に病んだり球技ができないことに絶望したのではないか?

 

叫ぶ子どもは、「元気でなければならない」と神経症的に固執している。

 

それは楽しいからではない。命をかけた叫びなのである。

 

母親はなぜ絶叫する子どもを注意しないのか。

「元気」イデオロギーを理解しているからである。

母親の子を想う気持ちもまた強烈である。

 

なぜ公共の場で絶叫させてはならないのか?

それは国家の要求ではないのか?

 

彼女たちの無意識はそう理解しているのである。

 

図書館で静かに読書する子どもは悪であり、

図書館で絶叫する子どもは正しい

 

 

国家の不文律は確かにそういっている。

 

むろん一般的に教養のない彼女たちはこのことを表面では理解していない。

だが母親の本能はこの権力の働きを理解している。

 

ゆえに、悪びれない。注意しない。

一見不可解な彼女たちの行為は、ある種の鋭い本能の結果である。 

 

日本国民は幼稚園がうるさいのを我慢しろ、と言っているのである。

 

呆れた話である。うるさいものをうるさいと言ってなにが悪いのか。

なんの権利で個人の権利と健康を害するのか。

 

しかし今ではその権利は明らかになった。

 

子どもの声を我慢しろ、とは国家的要請である。

 

国家的要請の前に個人の健康や権利などは鼻くそ程度の力しかない。

 

これは射撃場がうるさいのは我慢しろ、と軍部やマスコミに圧力をかけられた大戦中の地域住民と同じである。ファシズムである。

 

とりあえず我慢するしかない

 

しかしである。それにしてもうるさいのである。

 

おっさんはどのように適応しようと思ったか。

 

ノイズキャンセリングヘッドフォンである。

それにsimply noiseというサイトでホワイトノイズを流すのである。

 

私の騒音対策の十八番である。

 

しかし悲しいことに、Boseノイズキャンセリングは、

人間の声をキャンセルしないようにできている。

 

さすがアメリカ企業である。

 

アメリカでは子どもが静かなのである。

大人も静かで、遠くにいる人を呼ぶときに絶叫するようなことはしないのである。

電車の中もバスの中もうるさいアナウンスがないのである。

 

なんだか泣けてくる。

 

 私はこの国はアホだと思っている。

できれば脱出したいと思っている。

 

うるさいのが我慢ならないのである。

でも、日本という国は好きである。

 

日本がピンチになったとき、真っ先に日本を助けるために駆り出されるのは

「元気に叫ぶ」子どもたちである。

 

たぶん軍人としては優秀なのではないかと想う。

 

そう考えると、なんだか複雑な気分になってくるおじさんであった。

憎悪で構築される社会

私の人生は台無しになった!

 

とだれもが思っている。こういう人は他人の人生を潰したがる。

 

ひとりひとりの些細な感情が、渦巻いて、社会を構築・維持している。ものすごいエネルギーだと思う。

 

俺の私のぼくのあたいの我の人生は台無しだった!どうしてだろう!なぜこんなことがあるのだろう!わからない……わからないが、輝ける若い美しい壮健な人生がそこにあることが「耐えられない」!

 

「よかれ」と思ってする。「正しい」と思ってする。「当前のこと」と思ってする。「義務だから」と思ってする。ささいなこと。ささいなことが積み重なって、個人を殺す。

 

少しくすんだ色の風が集まって、ドス黒い竜巻となって襲いかかる。かつて人よりも健康で美しかった人は、鬱になったり自殺したり引きこもりになったりさせられる。否応なく。

 

極めて合理的な、明文化された社会は、一枚覆いを剥がしてしまえばドロドロした怨恨が渦巻いている。一回気づいてしまうと、厭世的な気分になるね。

サイコパスとは、資本主義社会の勝利者である。

サイコパスとは、資本主義社会の勝利者である。

 

彼らほど死ぬまでにたくさん笑う人々はいない。

 

サイコパスは喜悦の笑みを満面に浮かべる。

 

「なんてこった!この世はまるで俺のためにあるようなものじゃないか!」

 

 

そのとおり。

 

ただ、歴史の話をしておこう。

 

 

かつて、サイコパスは欠陥品だった。

 

古きよき国家においては、サイコパスは悪魔として斬り殺され、

 

奴隷として使役され、生贄の儀式に捧げられた。

 

いずれにせよ、サイコパスの存在は「何かの間違い」であり、

 

彼らが傲慢にも他者を「奴隷化」しようとする限り、

 

彼らは奴隷化されるに値した。

 

 

現代では変化が起こった。

 

古きよき奴隷制は変わってしまった。

 

 

いまでは奴隷が主人を支配している。

 

もっとも心なきものが、心あるものを支配する。

 

これが現代の社会制度である。

 

 

これにはアリストテレスもびっくりだ。

 

 

 

「俺はたしかに奴隷制を肯定したけど、

 

こんな逆立ちした社会は想定していない!」

 

彼に同情しよう。

 

 

サイコパスはこの世の勝利者となった。

 

痛みを知る人間は、資本主義社会の落伍者となった。

 

鋭敏な神経を持つ高貴な彼らは、

 

逆立ちした世界の重力に嘔吐を催し、

 

鬱病神経症となって牢獄に入れられた。

 

 

統合失調症のある者はこう叫んだ。

 

「俺は監視されている。俺の意識が侵犯されている。四六時中だ!」

 

またこうも叫んだ。

 

「俺は王だ!10人の妻と、100人の召使と、10万人の臣民は何処へ?」

 

彼に同情しよう。生まれた時代が悪かったのだから。

 

 

資本主義はサイコパスである。

 

奴隷が主人を支配する社会である。

 

心なき者が、心ある者を支配する。